カリフォルニア大学のBuyukmihci博士から酪農学園大学長あての意見書

酪農学園大学 谷山学長 殿

まず自己紹介をいたします。私は獣医であり、カリフォル二ア大学獣医学部の名誉教授です。37年以上の教授としての経験があり、そのほとんどを獣医学部の学生に獣医学と外科医学を教えてきました。私自身の経験とその経験を共にした仲間たちの経験から、学生を獣医にさせるための教育において故意に動物を傷つけたり,殺したりする必要は全くないということは疑問の余地なく確かなことです。

今回、貴大学を含め、日本の獣医学部では獣医学生を学習させるために実験室で動物を殺しているということを知りました。具体的な例として解剖実習に牛が使用されたこと、さらに牛を切開する前に牛を鎮静状態にしたり、動きを鈍くする為にサクシニルコリンやキシラジンを投与していることを理解しました。
しかし獣医学生の実習には健康な動物を傷つけたり、殺すことは不必要です。このことは人間の医療を見れば明らかなことです。複雑骨折で苦しんでいる患者を痛みから解放するために、健康な人を連れてきて故意に複雑骨折をさせて治すというやり方で医学生の実習を行うなんてことを考えてもみてください。人間の医療の場合と同様で、余りにも馬鹿げた事です。私の大学をはじめ、アメリカ、イギリス、オーストラリアなど世界中で、実習のために動物を殺さない獣医学校が増えています。これらの獣医学校では非常に適切で有能な獣医を訓練することができることをぜひ、覚えておいて下さい。きっと日本の学校でも自分のところの学生もアメリカの学生と同じくらい優秀であると主張することでしょう。そうであれば、現在行われている方法は教育的に不必要であるという逃れられない結論に至るでしょう。

特に牛の例についてですが、考えなければならない問題が3つあります。

第一に、サクシニルコリンは神経筋の遮断薬です。これは動物を動けなくする薬で、麻酔の働きは全くありません。この化学薬品を投与された動物は自分にされていること全てを感じるのです。さらに呼吸ができなくなりますが、それは大変恐ろしいことで、また残酷なことです。サクシニルコリンのような薬品を与えられた人たちが、人生で最も恐ろしい出来事の一つであったと述べています。人間以外の動物でも同じことを経験するでしょう。その証拠に米国獣医師会をはじめとし、私のよく知っている全ての主要な獣医学や科学グループは、麻酔なしに神経筋の遮断薬を使用することは認められないと考えています。

第二に、解剖学において学生を訓練するために、何度も牛を殺さなくてはならないという理由はありません。日本では牛を解剖するという従来どおりの、今では時代遅れの方法を取っているようです。しかしながら、このような指導方法が学生の解剖学の理解を高める、というデータなどはありません。医学部と獣医学部において、解剖を行った学生と行わなかった学生の医学の概念の理解と、それを実際応用する能力を調べたところ、その差はほとんどありませんでした。最近の医学部と獣医学部では、学生に解剖を要求する指導から離れていっており、その代わりコンピユータ等を使用した複合的な方法を取り入れているようです。新しい方法は教育的に適切なだけでなく、費用も安く、使用死体数を相当減少させる、あるいは使用をなくすことにもなります。もし死体が必要であれば、倫理的に死体を手に入れることができます。

第三に、牛を殺さなくてもすむ代替法や実践的な方法があります。または一頭の牛を永久的に保存して、その牛を無期限に使うという方法があります。この方法を取れば、他の牛を犠牲にせずにすみます。他の方法もありますが、その多くはHumane Society Veterinary Medical Association(訳者注:アメリカの本部のある動物の福祉のために活動する獣医学の専門家団体) の代替法データベースを探せば見つけることが出来ます。

解剖のことで、もう少し問題点を指摘したいと思います。これらの代替法データベースを使用すれば、動物を傷つけたり、殺さないで、教育上、正しく、効果的なプログラムの開発ができることが実証されています。例えば麻酔学の場合、コンピュータープログラムを組み合わせたり、あるいは授業の臨床訓練期間中に実際の患者のケアをする方法も麻酔学を教える上ではベストでしょう。調査によると、このような方法で勉強した学生は、麻酔技術において何度も繰り返して健康な動物を殺して行う従来の方法で学んだ学生と比べると結果は同等か、より良い結果を生み出しています。

動物を殺したり、手術を必要としない動物に手術をしたりすることなく、効果的で思いやりのある外科医学を教育することができるということに、まず間違いありません。外科的訓練を受けている獣医学生は学位を得るまでは外科医ではありません。普通の獣医学生は複雑な手術の経験を通して自信を身につけて行くのです。さらにこの実習は個別の処置に関することより原理原則を学ぶことに重点が置かれているのです。ですから基本の原理を学ぶことができるプログラムであれば優先的に受け入れなければなりません。

たくさんの調査により、外科処置を教えるために故意に動物を殺して行う方法が不必要なだけでなく、逆効果であることが判明しています。私の大学はじめ、アメリカでは多くの獣医学校では動物を殺して外科処理をする教育方法を廃止しています。その理由は教育的、倫理的なものにことに基づいています。現在倫理的に得た死体を使用しています。生きた動物に外科的処置をするのは、この処置によって個々の動物のためになる場合のみです。その主なケースは術後、動物を新しい飼い主に譲渡するための不妊去勢手術です。不妊手術は学生が広く組織処置を学べるという点において、外科訓練として特に役立ち有効です。
アメリカ同様日本も犬猫の数が増えすぎていると認識しています。獣医学生に動物管理センターにいる犬猫に、獣医師の責任・監督の下、医療の手当てと不妊手術を施させるプログラムを推進していくことによって、数の過剰問題の解決策に獣医大学が役だつことができるのはないかと思います。このようにすれば社会にも貢献することになり、また、動物たちも手術を受けることによって新しい飼い主にもらわれていく可能性が高くなりますし、当然訓練的にも倫理的にも学生たちのためになります。

動物を傷つけたり殺したりして行われる獣医学生の訓練について他にも問題点があります。学生たちが獣医学を選んだ理由の多くは、彼らが動物のためを思うからです。動物を助けるために訓練を受けている者が、患者を故意に殺すということは偽善的行為の極みです。外科手術の授業に使用される犬と、飼い主がいる犬のどちらを使用しても道徳的には何の差はありません。どこからきた犬でも苦しみを感じる能力も、人生を楽しむ能力も同じだからです。これらの犬たちが使い捨て商品として扱われる時、数名、いや多分そのほとんどの学生が殺す動物に対してある程度の感受性の低下を経験して、動物の生命への敬意を失っているでしょう。これは私だけの意見ではなく生物科学分野の多くの人々の意見です。感受性を失うというマイナス効果は計り知れないものです。

獣医は動物たちに対して最も高潔な感受性を持っていなければなりません。獣医を目指す学生を訓練するものは彼らに生命に対する畏敬の念を育てなければなりません。彼らが命を大切なものとして見ず、ただの教育の道具とみなして使用するというのは獣医学の理念と正反対なものです。獣医学校と獣医外科の教授は将来の患者をあらゆる観点において大切にケアするということを学生に教える義務があります。処置を行う中で健全な動物を傷つけたり、殺したりすることは全く偽善的なことです。
わたしたち人間は理性的で有能な生物学上の種です。私たちが、思いやりを持って、誠実に、偏見を持たず、やる気があれば、倫理的に正しい教育プログラムを開発する能力があることは間違いありません。

世界中に広まっている獣医になる為の訓練で動物を殺さないというのは世界的傾向であり、こういった獣医大学に日本の大学も加わって頂きたいというのが私の強い希望です。ご質問があればいつでもご連絡下さい。 

カリフォルニア大学獣医学名誉教授
獣医学博士 Nedim C. Buyukmihci

(以下、参考文献一覧省略)