|
教育プロジェクト宛に、「千葉のある中学校でカエルの解剖の授業が行なわれている。子供たちは、『やりたくない』と、とてもつらい思いをしているが、直接先生には言えないという。止めるように、何度も手紙を出したが、学校側は解剖の授業を続けると回答してきた。JAVAから働きかけて欲しい」との手紙が届きました。JAVAからは、中学校に対して解剖実習を止めるように要請。その後、中学校側は、解剖実習を廃止した旨を伝えてきました。「解剖実習はいやだけれど、先生にはどうしても言えない」といった生徒や保護者は多いと思われます。このような悩みを抱えている方や、未だに解剖実習を行っている学校を御存じの方は、JAVA事務局までお知らせください。 (FAX:03-5419-8107、E-mail:java@blue.ocn.ne.jp) なぜ、解剖実習を廃止すべきなのか? 命ある動物をモノとして扱うことは、教育の名を借りた犯罪行為 当初学校側は解剖を続ける理由として、「逆説的だが、生き物の命を奪うことで、命の尊さを知るという捉え方もある。生きものの命の重さを本当に知るうえでの実体験は、疑似体験にはない説得力があると考えるからである」と回答してきました。 理科の授業において、「観察する」「しくみを調べる」ことの大切さを否定するつもりはありませんが、それは、痛みのともなわない機械やモノに対してのみ、許される行為です。動物を人間の好奇心を充たすための道具として、まるで機械の構造でも調べるかのように、殺し、内臓を取り出すといった行いは、残酷極まりなく、授業の名を借りた一種の犯罪行為と言えます。 「生き物を殺せば命の尊さが分かる」・・ならば、A少年は? 動物の取り扱い(動物虐待)と犯罪には密接な関りがあることは多くの専門家も指摘しており、動物愛護法が改正された大きな背景にも、頻発する青少年による凶悪事件があります。例えば、幼女惨殺事件の宮崎容疑者、神戸の幼児殺人事件のA少年、更には、佐賀のバスジャック事件の容疑者などは、いずれも、殺人事件を犯すその前段階において、小動物の虐待を行っていたのです。 もしも、学校側が主張するように、「生き物を殺すことによって命の尊さを知る」が事実ならば、ウサギや魚、カエル、猫など、数多くの動物たちを殺していた宮崎容疑者やA少年などは、命の重さを知った心優しい人間ということになってしまいます。
好奇心を充たすために生き物の命を奪うという行為(解剖実習)は、自己中心の身勝手な発想を生み、「自分さえよければ、他者にはなにをやってもよい。特に、弱者は刃向かってこないからやりたい放題できる」といった考えを正当化させるに十分な役割を果たすものです。 解剖実習は、弱者への暴力行為を生徒たちに強要するに等しいことなのです。そのような行為を信頼している教師から強要されることによって生徒たちがどれだけ大きな精神的負担を被るか、仮にも教育者ならば理解すべきであり、生徒の生き物の命を尊ぶ純粋な心を踏みにじり、学校や教師不信を招き、不登校の原因さえ作ってしまうその責任は重大です。 |