日本動物実験代替法学会第37回大会 参加報告

2024年11月29日(金)~12月1日(日)、日本動物実験代替法学会の年次大会が、栃木県宇都宮市にあるコンベンションセンター「ライトキューブ宇都宮」にて対面とオンラインとのハイブリッド形式で開催されました。
「動物実験代替法の新たな潮流と社会実装への取り組み」をテーマにした今大会。主催者発表では750名を超える参加があったとのことです。聴講した研究発表の中からいくつかご報告します。
<シンポジウム> 実験動物としての NHP(非ヒト霊長類)の現状と動物実験代替法開発の取り組み
日本では、カニクイザルをワクチンや医薬品の開発をはじめ、さまざまな実験に用いるために中国やベトナム、カンボジア等から輸入しているが、新型コロナウイルスのパンデミックを機に世界的な需要が増える一方で、主要産地の中国がカニクイザルの輸出を制限した。その影響でカニクイザルの価格が急騰していることについては以前よりメディア等で取り上げられていたが、一部の報道では実験用サルが供給不足であるとされ、他方では実験用サルの数は足りているという報道もあった。
鈴木睦氏(日本製薬工業協会 医薬品評価委員会 基礎研究部会)からは、このような見解の異なる報道等を受けて、2023年11~12月に実施したカニクイザルの流通の実態に関するアンケート調査の結果報告がなされた。その回答はさまざまであったが、総評としては、2020年以降のカニクイザルの流通には課題が生じており、日本の製薬企業における研究開発に影響を及ぼしていたと鈴木氏は説明した。流通課題という観点からも、動物を使わない研究や評価方法等を開拓しなければならないとする反面、外的要因によるリスクを生じさせないために、国内でカニクイザルの供給ができる体制をつくることが望ましいといった見解が述べられた。
依馬正次氏(滋賀医科大学 動物生命科学研究センター)からは、同氏が所属する滋賀医科大学における動物実験の審査機構や、動物実験を実施するための資格認定制度が厳しく設けられているといった説明の後、カニクイザルを用いた遺伝子改変技術の研究についての発表がなされた。具体的には、げっ歯類では再現の難しいアルツハイマー病や多発性嚢胞腎といった人間の疾患をカニクイザルの体で再現したり、ウイルスに感染させた受精卵を用いて、全身が緑色に発色するカニクイザルをつくりだすといった研究内容であった。代替法については、試験管内で多発性嚢胞腎を再現する研究がかなり進んできているので、そうした技術を活用しながらスクリーニングを行って、調べる化学物質の数を減らすことで実験に使用する動物の数も減らせるのではないかという意見が述べられた。
花木賢一氏(国立感染症研究所 安全管理研究センター)からは、国立健康危機管理研究機構(国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合して2025年4月に発足/JIHS)の行動計画に明記された「霊長類等の実験動物を安定的に確保するための方策」「大型の霊長類を含む実験動物を扱った非臨床試験を実施することのできる設備や人材を整備・確保するための方策」について検討を始めたという説明の後、霊長類に代わる感染病の実験動物モデルとして、フェレットについて発表がなされた。実験動物としてのフェレットの使用実績や特徴、長所・短所の評価などが述べられた。
続いて小川久美子氏(国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター 病理部)からは、供給不足のマカクザルに代わる実験動物として、コモンマーモセットが取り上げられ、コモンマーモセットの特徴や使用状況、そしてコモンマーモセットを用いたTDAR試験という動物実験の結果が報告された。TDAR試験ではカテーテルを用いてコモンマーモセットの胃や腸に微生物を移植したり、抗原を投与した後、28日間連続で免疫抑制剤を皮下投与し、採血や体重測定などを行ったとのこと。この実験の結果によって、代謝や薬理活性などの反応が人間に近い場合は、コモンマーモセットもマカクザルの代わりになる可能性があるとの見解が述べられた。
最後にパネルディスカッションが行われ、登壇者らは、代替法の研究開発の重要性について言及しつつも、霊長類しか持っていない特徴があったり、霊長類でしか見られない薬物への反応があるなどとして、霊長類を使った動物実験や、実験用サルの安定供給の必要性などを口々に訴えていた。 このシンポジウムでは、カニクイザルを用いた研究発表や、カニクイザルなど実験用サルの供給不足に対して他の動物に置き換えるための研究発表が多くを占めており、本来の意味での「動物実験代替法」とは著しくかけ離れた納得のいかない内容であった。

<シンポジウム> 食品分野のNAMs検討から社会実装に向けた取り組み
冒頭、座長の北口隆氏(日清食品ホールディングス(株)グローバル食品安全研究所)から「これは、食品分野のNAMsにフォーカスして、最新の取り組みや国内外の動向を産学官で共有し、社会実装に向けた課題に取り組むことを目的としたシンポジウム」との趣旨説明がなされた。NAMsとはNew Approach Methodologiesの略で、細胞を用いた試験やコンピューター予測等の新しい技術を取り入れた動物実験に代わる新たな安全性評価の方法である。
続けて北口氏からは、「NAMsによる食品関連化合物のヒト体内動態予測の現状と課題」と題した発表がなされた。食品は多様な化合物を含む混合物であり、また加工や調理、保存等の工程により成分が変化することから、安全性評価を行うことは容易ではないという。食品は、基本的に食経験に基づき安全性が評価されるが、近年は新規の食材や加工法が出てきて食経験が乏しい食品の増加など、安全性を評価しないといけない対象化合物が増え続けていくと考えられるとの業界の現状が述べられた。これら対象化合物のヒト健康影響評価には、動物倫理面およびヒト予測性の課題から、動物実験に頼らず毒性や体内動態を予測する方法が強く求められているという。
日清食品ホールディングスでは、2000年代から、独自の代替法研究に取り組んでいるとのことで、同社のヒトiPS細胞由来小腸細胞を用いたヒト体内動態予測法などNAMsを組み込んだ研究が紹介された。
「機能性食品素材探索・評価の新技術PDIII/C-HASの開発と社会実装」と題した発表を行った首藤剛氏(熊本大学大学院生命科学研究部附属グローバル天然物科学研究センター)は、機能性食品等の品質・有効性・安全性評価は、3RsやSDGsの観点から、クルエルティフリーに対応した動物実験代替法の構築が急務であると述べた。健康製品開発市場においては、ストーリー性のある天然素材を効率的に探索するための技術の開発が求められていることから、世界中の有用植物を検索できるデータベースPDIIIを開発したそう。
一方、線虫の一種であるCエレガンスを使った健康寿命を評価する技術C-HASの開発も行い、ベンチャー企業を設立しているとのこと。首藤氏はCエレガンスを「実験動物代替のモデル生物の一つ」と述べていたが、Cエレガンスを使った試験も動物実験に他ならない。Cエレガンスを使った評価の課題として、個体差、実験間誤差などがあるという。こういった科学的な課題だけでなく、脱動物実験の時代に逆行しているという問題があると感じた。
その他3名の演者からは、NAMsを取り入れた食品成分毒性データベースの構築の進捗報告((特非)国際生命科学研究機構(ILSI Japan)の新井紀恵氏)やNAMs に関連するOECD などの国際動向の紹介(諫田泰成氏(国立医薬品食品衛生研究所 薬理部))、食品安全委員会のNAMs活用の展望(頭金正博氏(内閣府 食品安全委員会))といった発表がなされた。
<シンポジウム> 皮膚感作性評価の最前線
4名から発表がなされたが、中でも興味深く、また「このような問題があるのか」と気づかされたのが、日本農薬株式会社 研究本部 総合研究所の棟近由記美氏の発表「農薬分野での皮膚感作性試験の現状と課題」であった。
農薬には殺虫剤などの防除剤、成長調整剤、テントウムシなどの生物農薬があり、すべて国への登録が必要。農薬の登録申請には、さまざまな動物試験が義務づけられているが、皮膚感作性試験については、原体(有効成分の工業製品)と原体を含む製剤それぞれに対して必須である。その感作性試験には動物を用いる試験法と動物を用いない代替法が知られているが、欧米や日本などでは、いずれの試験法でも登録申請が可能となってきていると棟近氏は農薬登録制度について説明をした。
しかし、代替法受け入れの環境が整備されてきても、依然として、インドや中国のように生きたモルモットを用いるGPMT(モルモットマキシマイゼーション試験)の試験結果を必須とする国があり、日本のように代替法の申請を認めている国や代替法を推奨している国においても、世界的な登録を行うグローバルな企業としては、GPMTを実施しているのが現状であるそう。棟近氏がこれまでに確認した海外を含めた登録申請の情報において、代替法での申請はみたことがないという。
GPMTは、動物への苦痛が大きく、また必要動物数が多いといった動物福祉上の問題が指摘されている試験方法である。このGPMTは原体の皮膚感作性評価で長年にわたり広く用いられてきた。しかし、同じく動物(マウス)を用いるが、GPMTより苦痛の軽減ができるLLNA(局所リンパ節試験)が開発され、OECDテストガイドライン429に収載されている。棟近氏によると、このLLNAは、皮膚感作性強度を定量的に評価できるのに対し、GPMTは皮内感作濃度と皮膚反応陽性の動物数から感作性の強さを評価する方法であるため、用量反応の確認が難しい試験となっているとのこと。
棟近氏は、GPMTが選ばれてしまっている状況を踏まえ、GPMTを改めて見直し、農薬の登録申請における皮膚感作性試験のありたい姿を考えたいと述べた。そして、適用範囲の広いin vitro評価系ができること、各国がその受け入れを積極的にすること、動物試験はLLNA一択にすることで農薬登録の試験法を一元化できるのではないかと提案した。
日本では、OECDテストガイドラインがある3種類の代替法(in vitro2種、in chemico1種)での申請が認められているが、いずれも用いることのできる試験物質の性質が限定されているので、棟近氏のいう「適用範囲の広いin vitro評価系ができること」は欠かせず、さらなる代替法の発展が望まれる。
棟近氏の発表でわかったことは、日本での登録申請を代替法で行える場合でも、動物試験を義務づけている国、特に市場規模が大きい国があると、企業としては試験のコスト等を削減するため、動物試験を選択してしまうということである。つまり、日本だけでなく世界中で動物試験での申請を禁じ、代替法に転換させなければならない。棟近氏の発表で、改めて動物実験をなくすための活動はグローバルな視点で取り組まなければならないと痛感した。
3Rの向上が目的の学会であるため、動物を用いた研究における苦痛の軽減に関するものや、脊椎動物から無脊椎動物への変更といった発表がこれまで多くありました。しかし、年々、in vitroやin silico、そして複数の試験系を組み合わせることで薬物動態など全身の機序をみる、動物を用いない方法の研究が主流となってきていると感じます。そのような中、冒頭の非ヒト霊長類のシンポジウムは代替法学会にふさわしいものではなく、非常に落胆しました。ただ、このシンポジウムを除けば、今回ご報告しなかった研究を含め、動物を用いない研究発表が大半を占めていました。
大会ではこういった代替法研究の最新事情を知ることができます。2025年は11月1日~3日に横浜で開催され、どなたでも参加可能です。
