日本動物実験代替法学会 第32回大会参加報告

2019年11月20日(水)~22日(金)、日本動物実験代替法学会第32回大会が国立研究開発法人産業技術総合研究所(茨城県つくば市)で開催されました。今大会のテーマは「業界を超えた普遍的技術としての動物実験代替法を目指して」。約600名の参加があったとのことです。


【シンポジウム】ADMET分野でのMicrophysiological System の活用への期待

ADMET(アドメット)とは、吸収(absorption)、分布(distribution)、代謝(metabolism)、排泄(excretion)、毒性(toxicity)の英語表記の頭文字からなる略語で、薬物が生体内に取り込まれてから体外に排泄されるまでの過程のことです。今の代替法では個々の臓器や組織への作用を評価できるものはあっても、この全身の代謝作用を評価できる技術がなく、大きな課題となっています。

チップ上で臓器細胞を搭載し、高い臓器機能を引き出す「臓器チップ」などのMicrophysiological System(MPS;微小生理組織の培養計測システム)は、高機能細胞デバイスを用いた生体模倣モデルで、ADMETの評価への活用が期待されています。

産業技術総合研究所の藤田聡史氏は、「MPSの世界および国内の状況や今後について」のなかで、1970年代からチップの概念を唱える学者はいたが、iPSの登場で2010年ごろから一気に技術が進歩し代替法としても使えるのではないかとなったと背景を説明。今、MPSは創薬では前臨床試験(動物実験)と臨床試験の第Ⅰ相で使うことが期待されていて、そのメリットはヒト由来の細胞でADMETを調べられることだと述べました。MPSは大きく分けて①各臓器の実質的な機能を再現する ②吸収や排泄等のバリア機能を再現する の2つのタイプがあると考えているとのこと。現在、医療・創薬の分野での応用が先行していて、米国ではテロ対策や航空・宇宙科学での応用が検討され、京都大学では動物用医薬品の分野での研究がされているそうです。米国では、2012年から5年間、MPSについて大きなプロジェクトが進められたが結果は芳しくなかったとのこと。藤田氏は、MPSは、細胞工学、薬学といった様々な分野の専門家で連携して取り組んでいかないとできないと指摘しました。

「哺乳類の合成生物学のためのマイクロ流体デバイス技術」と題した発表を行った、東京工業大学生命理工学院の田川陽一氏は、「マウスの体内を再現した、すべての臓器が入ったデバイスをつくりたい」と述べました。創薬研究・開発では多数の動物が犠牲になっているけれど、個体に匹敵する培養モデルが開発できれば、動物実験や一部の臨床試験の代替として期待できるとのこと。オルニチンが肝臓に良いかどうかのマウスを用いたテストでは100匹以上使うが、このモデルができれば、犠牲はゼロになると説明しました。実現にはまだ程遠い印象で、実現したらよいですが、マウスの体内の再現ではなく、はじめからヒトの体内の再現を目指したほうがヒトのデータが得られるのではないかと思ったのは私たちだけでしょうか。

アステラス製薬 薬物動態研究所の大渕雅人氏は、「薬剤性肝毒性評価における3Dバイオプリントヒト肝組織モデルの創薬活用」について発表。創薬の前臨床段階で行われるヒトでの有効性や安全性を検証するための動物実験では、その作用や副作用に対する感受性に、ヒトと実験動物との間に種差があれば、当然、動物実験データをヒトに当てはめることは難しくなるので、このような種差を克服するため、ヒト培養系を活用することに期待がかかると話しました。また、薬が市販後に販売中止となる理由の32%を占めている肝毒性(肝臓への有害性)について、その評価方法はこれまで平面(2D)培養モデルが広く用いられてきたが、これだと数時間から数日の間に肝細胞としての機能が低下してしまう課題があって、近年、この課題克服に向けヒトの生体を模した培養系MPSの開発や創薬研究への活用が進められているとのこと。アステラス製薬では、3Dバイオプリンターで構築したヒト肝組織モデルによる薬剤性肝毒性評価を自社検討していて、これは28日間の長期培養が可能であるとの報告がありました。

【シンポジウム】脱動物実験後の化粧品の安全性保証における課題と可能性

EUでの化粧品の動物実験禁止後、利用できる代替法が増えたけれども課題もあるとして、このシンポジウムでは、光感作性と全身毒性についてそれぞれ発表がありました。

「動物実験に依存しない光安全性評価の構築」と題した発表では、静岡県立大学薬学部の尾上誠良氏は、近年、薬剤、食品、化粧品等によって引き起こされる外因性光線過敏症(太陽光が特定の条件下で異常反応を起こす症状)に注目が集まっていて、新規物質をつくる際にこの過敏症をどうやって回避できるかが重要な課題の一つとなっていると説明。ROS(ロス)アッセイを主軸とした光安全性評価方法の可能性について述べました。ROSアッセイは国際ガイドライン(ICHとOECD)にも採用されている代替法で、多数の検体を一度に処理できる簡便な方法として利用されていますが、この発表では創薬の初期の段階で光過敏症を引き起こす可能性を予測できることが明らかになったとのこと。医薬品候補化合物が体内でどのように動くのか(体内動態)、特に皮膚移行性とROSアッセイの結果を併せて考察することで、より精度の高い臨床的な毒性リスクの予測が可能となりつつあるそう。カセットドージング法(複数の薬物を同一個体に同時に投与し、薬物濃度を同時計測する方法)を用いた網羅的な動態解析とROSアッセイを併用することで、高いスループット(処理能力)の光安全性評価が可能となり、動物の使用数を削減できることから3Rの観点からも有用と考えられるとのこと。光刺激性は評価できるけれども、感作性や光遺伝性はこれからで、複数のin vitroを組み合わせればいずれ動物実験に頼らない光感作性評価が可能であろうとの展望を述べました。

京都大学iPS細胞研究所の藤渕航氏は「代替法としてのヒト幹細胞への大きな期待―その驚くべき潜在能力」と題した発表を行いました。ES細胞を用いると迅速、正確、低コストの毒性ハザード試験を行うことができるとし、欧米に始まる動物実験禁止の流れと経済活動のグローバル化、AIイノベーションの波にあてはまり、この手法は代替法として大きな期待が寄せられているとの話がありました。現在、100名近いメンバーによるコンソーシアム(共同体)を結成し、まだ20物質のデータしかないところ、1,000化合物のES細胞での反応データベースの開発を目指しているとのこと。ES細胞が肝・腎毒性にも反応性が高いデータを示し、発達毒性(胎児期~生後間もない時期の毒性)だけでなく成人での毒性予測にも利用可能であることが示唆されたと報告がありました。「ES、iPS細胞はナイーブな細胞なので、人(研究者)によって培養に差が出るのでは?」との質問に対し、「今、コンソーシアムで手順、細胞の標準化をしている」とのこと。

【シンポジウム】環境エンリッチメント

環境エンリッチメントとは、飼育動物の福祉と健康を改善するために飼育環境に対して行われる工夫です。実験動物に行われる環境エンリッチメントは動物福祉の側面だけでなく、「動物実験のデータや操作の容易化のため」という実験者側の都合もあります。

国立循環器病研究センター研究所の塩谷恭子氏は「動物実験のデータの信頼性の向上・再現性の確保には実験動物の飼養状態が大きな影響を与えるとされている。そのことからも環境エンリッチメントの重要性は高い」と述べました。エンリッチメントには「採食=給餌方法」「空間=飼育室の構造・ケージ内環境」「感覚=視覚・聴覚・嗅覚」「社会的=関係性動物・人」「認知=知性の活用」があるとのこと。

中外製薬の渡邊利彦氏は「実験動物をグループ飼育するための3つの大切なこと」を発表。グループ飼育には「個体間の距離」「複雑なケージの構造」「環境エンリッチメントのコスト」が重要なポイントであり、色々なガイドラインで示されるケージの標準サイズのみに注目するのではなく、動物の特性に合せた十分な広さと複雑なケージ構造について考慮する必要があると述べました。グループ飼育は社会性のある動物の健康管理に不可欠ですが、単にサルやイヌ等の単独飼育ケージを2連結しただけでは、個体間距離は適切に保てず、隠れたり、逃避したりできずに個体間でトラブルが起こることがあるといいます。グループ飼育を始め環境エンリッチメントは動物福祉面だけでなく、正確な実験データを得るためにも重要であり、必須の飼育環境として、あらかじめそのコストを見込まないといけないと述べました。

アステラス製薬の小山公成氏の「環境エンリッチメントが実験動物に与える影響」という発表では、エンリッチメントの正の効果として「異常行動の減少」「攻撃性の減少」「脳機能の成長(例:場所を覚える、海馬の面積が広がる等)」「動物実験操作の容易化」「ストレス反応の抑制」「動物実験データの変動を抑制できるためReduction(数の削減)につながる」といったことがあると説明。逆に負の効果として「エンリッチメント自身がストレスになる(例:マウスにビー玉を与える等)」「群飼育のストレス」「疾病の発生」「特定モデル動物の症状が変わる(例:糖尿病モデルのマウスに回し車を与えて運動させると、糖尿病の症状が改善されてしまう等)」「コスト増」といった点があると説明。エンリッチメントは動物種や実験目的によって効果的な面ばかりでないことが知られるようになったので、実験の目的や動物種・個体の特性なども考慮してエンリッチメントを利用することが重要だといいます。

【シンポジウム】代替法は何に、どこまで使えるか?今後の課題を明らかにする。~業界の現状と課題

最近まで化粧品中心の問題でしたが、いまや業界を超えてスタンダードとなりつつある代替法。ここでは、化粧品、化学品、農薬、医薬品、そして食品の各業界における代替法開発と活用の現状と今後の課題について発表がありました。そのうち食品については国際生命科学研究機構(ILSI-Japan)が「食品領域における動物実験代替推進」の取り組みについて発表。ILSIとは1978年に米国で設立された非営利団体で、健康・栄養・安全・環境に関連した科学研究の実施支援を行っており、最近では「肥満」「食品バイオテクノロジー」「機能性食品」「食品安全・リスクアセスメント」の4分野をメインに国際的に活動。その日本支部であるILSI-Japanには大学や研究機関、食品を中心とした企業など約70の個人団体が参加しています。食品の安全性に関しては公定化した代替法が存在しないなかILSI-Japanでは「食品安全領域の動物実験代替推進プロジェクト」を立ち上げ、2019年9月現在食品企業15社が参画しているとのこと。食品分野の動物実験廃止に取り組んでいるJAVAもこの動きをウォッチしていきたいと思います。

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