動物を使わない実験方法『代替法』
「実験動物にも人道的配慮を」代替法(だいたいほう)の誕生
動物実験反対運動が欧米各地に広がるようになると、研究界でも「動物はモノではない」と認識せざるを得ない状況になっていきました。動物実験代替法は、特に化粧品分野を中心に研究開発が進みました。
1959年の時点で英国の研究者ラッセルとバーチによって「人道的な実験技術の原則(The Principles of Humane Experimental Technique)」が提唱されました。それはのちに研究界における「3R(スリーアール)」の指標として定着し、動物実験に替わる「代替法」という研究分野の誕生・進展へとつながっていきます。
研究界における3つのRとは
「代替法」とは、言葉どおり読めば「動物実験に替わる」という意味ですが、研究界においては次の3つのRが広義の「代替法」と呼ばれています。
●Refinement(リファインメント)= 洗練
実験方法を改善することで動物たちの苦痛の度合いを軽くする
●Reduction(リダクション)= 削減
実験に使う動物の数を減らす
●Replacement(リプレイスメント)= 置き換え
実験に生きた動物を使わない
ここで注目していただきたいのは、Replacementが他の二者を、ReductionがRefinementを、それぞれ包含していることです。Refinementは、「人道的配慮」という動物福祉の面での重要性は持っていますが、痛みを軽減したとしても、実質的な実験動物数の削減や置き換えに結びつくものではありません。また、数を減らしたとしても動物を実験に使い処分することには変わりがありません。最終的に望まれる本来の意味での「動物実験代替法」は、最後のReplacementのみです。
臨床試験、臨床実習、疫学(住民)調査、生検、死体解剖といったような伝統的な方法の他に、この「3Rの原則」を基本として動物実験に替わる方法(代替法)の研究が進められています。
現在では動物を使わない多くの優れた代替法が開発され、高度な技術を駆使した方法があり、医学研究や、製品・化学物質の安全性試験、教育現場での実習などに世界各国で採用されてきています。
しかし、日本では行政の代替法への理解が浅く、まだ充分に受け入れられているとはいえません。
さまざまな代替法
- 疫学(住民)調査
- 生検組織診断
- 臨床試験
- 臨床実習
- ヒトの培養細胞
- ヒトの皮膚モデル
- 人間のボランティアによるテスト
- 手術後、死亡後に提供されたヒトの組織や臓器
- コンピュータシミュレーション
- MRI、MEGなどの画像診断
- データベースの活用
- 精巧なモデルやマネキン など
試験管のなかで毒性を調べる in vitro 試験法
動物実験が行なわれる分野全体のなかで大きなシェアを占めている化学物質の毒性試験。その方法には大きく分けて、動物実験にあたるin vivo(イン・ヴィヴォ:生体の)試験と、代替法にあたるin vitro(イン・ヴィトロ:試験管内の)試験の2つがあります*。1980年頃までは毒性試験=in vivo(動物実験)という見方が支配的でしたが、動物実験反対運動が盛んになると、植物のタンパク構造や、細菌、ヒト皮膚の培養細胞などを利用したin vitro試験法(代替法)の開発が次々と進められるようになりました。
* 化学物質の毒性を予測する方法として、コンピュータテクノロジーを用いたin silico(イン・シリコ)の活用も幅広く行われています。
三次元人工表皮(皮膚)モデル
ウサギを使って行なわれる皮膚試験の代替法として、ヒトの皮膚の細胞を三次元で培養した人工皮膚モデルが数多く開発され実用化されている。Epiderm(エピダーム;クラボウ)、Test Skin LSE(テストスキンLSE;東洋紡)、LabCyte EPI-MODEL(ラボサイトEPIモデル;J-TEC)、Vitrolife- skin(ヴィトロライフスキン;グンゼ)など、日本の企業によっても市販されている。
Epidermを用いた皮膚腐食性試験の代替法はOECDのテストガイドライン431として2004年に採用されています。
NRU法(Neutral Red Uptake Assay)
96個の穴のあいたプレートに培養細胞を入れ、それぞれの穴に量を変えた試験物質を注入したのち一定時間後、赤色の試薬(ニュートラルレッド)を用いて生き残った細胞数を測定し試験物質の毒性を調べる方法。ニュートラルレッドの赤い色素が、生きている細胞のライソゾームに取り込まれるという原理を利用したもので、健康な細胞が多く残っているほど強く着色し、細胞膜が傷ついた細胞は色素が取り込まれなくなる。眼刺激性試験や急性毒性試験などの代替法として利用されている。
モルモットを使った光毒性試験の代替法として、マウス由来の細胞を用いてこの方法に光照射を加えた3T3 NRU試験がOECDのテストガイドライン432として2004年に採用されています。
動物を使う毒性試験はいろいろな問題を抱えている
in vivoによる試験(動物実験)は、生きた動物を毒性試験に使用すること自体が倫理的に問題であるだけでなく、科学面、経済面からも以下のような欠点が指摘されてきました。
- 実験動物の置かれている環境や拘束状態が試験結果に与える影響が極めて大きく、正確なデータ収集が困難であること
- 動物実験による完全なデータベース作成のためには、一つの試験あたり2 ~ 3年の期間と約1億円の費用がかかるのが普通で、大部分の化学物質が完全に試験されないまま市場に出ていること
- ヒトと動物では「種差」があり、毒物に対する代謝が異なるため、動物モデルの毒性データはヒトへの適用に関してかなりの不確実性をもっていること
in vitro 試験法(代替法)がもつさまざまなメリット
一方、in vitro試験法は、「動物を使用しない」、「動物の使用数を減らすことができる」という点の他にも他数多くの長所を備えています。
- ヒトの細胞を使ってヒトの安全性試験を行なうことができること/経費と時間の圧倒的な削減によって、一層厳格かつ多数の試験が可能となること
- 動物は個体によるバラつきがあるのに対し、被験対象の均一性が高いことから、環境条件設定が可能なこと
- 必要な化学物質と有害廃棄物がともに少量ですみ、自然環境保護ばかりでなく、実験者の安全性向上の面からも有益であること
- 継続的なデータを取りつつ長期間(約10年)にわたる試験を行なうこともできること(動物は寿命が短く、一般にこの種の動物実験は不可能)
- 試験結果の数値化、無限の再現性
代替法の発祥と広がり
動物実験に反対する世論の盛り上がりを受けて、ヨーロッパでは早くも1960年代後半、代替法研究者に対する資金援助を行い代替法を普及させるという目的でFRAME(1)(医学実験用動物代替基金)が、米国では1981年に代替法の研究機関としてジョンズ・ホプキンス大学にCAAT(2)(動物実験代替法センター)が設立され、研究界への3Rの普及と代替法の研究開発の発展に大きく寄与してきました。海外におけるこのような取り組みを受けて、日本でも1989年に日本動物実験代替法学会が設立され、日本での代替法研究開発とその普及に向けて活動をつづけています。
代替法が使われるようになるまで
ところで、新しい動物実験代替法が広く利用されるようになるためには、単に研究・開発されるだけでなく、その試験法が妥当であるかどうかという評価(バリデーション)、第三者である専門家による査定・評価を経て、行政による受け入れという一連の手続きが必要です。
代替法をより早く効率的に実用化させるため、ヨーロッパでは1991年にはECVAM(3)(欧州代替法検証センター)が、米国では1997年にはICCVAM(4)(官公庁間代替法調整委員会)がそれぞれ設立され、公的な予算のもと、代替法の評価作業が進められてきました。欧米に後れをとっているものの、日本でも2005年10月、厚生労働省管轄の研究機関(国立医薬品食品衛生研究所)のなかにJaCVAM(5)(日本代替法検証センター)が誕生し、代替法の評価作業に国家予算が充てられるようになりました。2009年には、韓国にKoCVAMが設立され、近くブラジルでもBraCVAMの設立が予定されているなど、動物実験に替わる代替法を確立させることは、世界的に急務とされています。
代替法の研究・確立の状況については、動物実験代替法の開発・採用状況のわかるウェブサイトをご覧ください。
日本でも動物愛護法に代替法の理念が取り入れられる
1999年には、イタリア・ボロニアにおいて開催された「第3回国際動物実験代替法会議」では、「すべての国が、すべての研究・試験・教育に3Rの原則を積極的に組み入れるための法的な枠組みをつくるべきである」などの条文を含む「ボロニア宣言」が採択されました。
また、日本では1973年に制定された「動物の愛護及び管理に関する法律」が2005年2月に2度目の改正がなされた際に、動物実験を行なう場合は、「できる限り動物を供する方法に代わり得るものを利用すること」「できる限りその利用に供される動物の数を少なくすること」「できる限りその動物に苦痛を与えない方法によってしなければならない」というように3Rの理念が明文化されました(同法第41条1項及び2項)。
消費者のニーズが研究を促進させる
代替法という試験分野が誕生したきっかけとなったのは、化粧品の動物実験に反対する運動の高まりでした。現時点では、すべての動物実験に代替法が取って代わる段階には達していないものの、REACH(次頁参照)の例をみても分かるとおり、代替法は化粧品という狭い分野にとどまらず、他の化学物質に対しても適用を広げていく流れになっています。
ところが、まだ代替法の存在自体が普及・浸透していない日本では、代替法の研究開発に対する国家予算が極めて少なく、欧米に比べてその研究開発に携わる人材も大幅に不足しているのが現状です。
私たちが消費者としてメーカーに、国民として政府や国会議員に「動物実験をやめてほしい」「代替法を確立させてほしい」と積極的に訴えていけば、代替法により一層の予算と人材が注がれるようになり、動物実験がなくなる日も早く訪れるはずです。研究開発を行なうのはもちろん研究者ですが、その規模を大きくしスピードを上げられるかどうかは、動物実験に反対する私たちからの後押しが必要なのです。
OECDの毒性試験ガイドライン
化学物質の毒性試験については、各国の行政や国際機関がガイドラインを定めていますが、日本では、OECD(6)(経済協力開発機構)が加盟各国に対してその採用を勧告しているテストガイドライン(TG)に基づいて各種試験が行われています(7)。このOECDの場にも動物愛護・動物福祉の波は着実に広がっています。1982年に動物保護問題の重要性が認識され、1996年にはOECD毒性試験ガイドラインに代替法を積極的に採用していく意向が示されました。実際、2001年には一度に60匹以上もの大量の動物を使用するとして批判を浴びてきたLD50(急性経口毒性試験/TG401)をそのガイドラインから削除し、より少ない動物数でできる試験法を採用したほか、現在も各国の研究機関から、評価作業が終了した新たな代替法採用の提案がなされています。
また、2002年からは、各国の動物保護団体からなるICAPO(8)(OECDプログラムにおける国際動物保護委員会)が招待専門家としての地位を得て、OECDの公式会議において、動物保護・動物福祉の観点から動物実験の削減や置き換えを積極的に提言しています。
- Fund for the Replacement of Animals in Medical Experiments
- Center for Alternatives to Animal Testing
- European Centre for Validation of Alternative Methods
- Interagency Coodinating Committee on the Validationof Alternative Methods
- Japanese Center for Validation of Alternative Methods
- Organization for Economic Co-operation and Development
- 医薬品については、1991年に発足したICH(International Conference on Harmonization of Technical Requirements for Registration of Pharmaceuticals for Human Use 日米EU医薬品規制調和国際会議)がガイドラインを策定しています。
- International Council on Animal Protection in OECD programmes JAVAはアジア地域で唯一のメンバーとしてICAPOに参画しています。