動物に苦痛を与える実習を行わない獣医学教育の実現へ -山口大学共同獣医学部 訪問レポートー

2021年度末までに生体を使った侵襲性の高い実習は原則実施しない方針を定め、動物福祉に立脚した実習方法を実施する山口大学共同獣医学部。生きた動物に苦痛を与える実習をしない新しいタイプの獣医学教育システムを作りたいという強い信念を持って教育に取り組むこの大学に協賛し、クラウド・ファンディングに支援すると、動物福祉の観点から購入した実習モデルの見学や画期的な取り組みについてのお話が聞けるということを知り、2019年12月2日、山口大学を訪ねました。

広々して落ち着いた環境の中にある山口大学

山口大学“共同獣医学部”とは

今回訪問したのは山口大学共同獣医学部(以下、山口大学)です。共同獣医学部を山口大学と鹿児島大学にそれぞれ設置し、二つの大学が持っている教育資源と人材と設備を共用して、新しい獣医学教育カリキュラムを構築するとともに、国際水準の獣医学部教育に進化させるというものです。

山口大学の具体的な新しい取り組みとは

JAVAの訪問を受けて、山口大学共同獣医学部長の佐藤晃一教授、日下部健教授と木村透教授が同大学の取り組みについて、馬場健司准教授と谷口雅康准教授が動物モデルについておよそ2時間かけて熱心に説明してくださいました。

1)EAEVEによる評価取得を目指す
EAEVE(欧州獣医学教育機関協会:European Association of Establishments for Veterinary Education)の国際認証取得を目指す意義について佐藤学部長より次のような説明がありました。
「欧米では獣医学教育の質的保証は獣医学教育評価機関によって審査されていますが、日本ではそのような第三者的な評価機関が審査する体制が始まったばかりでまだ完全ではないのです。そこで山口大学では、獣医学教育を高い水準で維持するための国際的教育機関認証評価システムであるEAEVEによる、評価を受けるための準備を進めていました。そして、ついに2019年12月11日に山口大学と鹿児島大学の共同獣医学部は“アジア初のEAEVE 認証機関”として承認されました。」

EAEVEでは

  • 卒業した獣医師と、その獣医師が行っている獣医療サービスは信頼できるか、
  • 学生の受ける教育が一定の水準に到達しているか、
  • 教育カリキュラムや施設・設備が定められた基準に合致しているか、

などについて公的な組織として認証評価を行います。

このように学生の獣医学の知識や技術を磨き、社会にも役立つ獣医師を養成する優れた教育を行う教育機関として国際的に認められることが、EAEVEの認証を取得することの大きな利点です。

2)クラウド・ファンディングで動物モデルを購入
従来、獣医学教育では動物の身体検査や投薬方法、手術方法などを学ぶために、動物の生体を使用する実習が行われてきました。しかし、近年では動物福祉の観点から動物の生体ではなく、動物モデルや模型での実習への切り替えが求められています。
そこで山口大学は、生体への苦痛を伴う実習をなくし、動物モデルや動物シミュレーターの購入に向けたクラウド・ファンディングを実施しました。

写真(1)牛の子宮モデル

このモデルには牛の子宮構造が入っており、人工授精の方法や妊娠の判定法を学べます。牛の子宮モデルは本物のような柔らかさでした。以前このモデルがなかった時は、子宮の構造を紙に描いたものを参考にして、本物の牛で練習していたそうです。このモデルのほか、難産の様子を再現し、分娩の介助を練習できる牛の分娩モデルも準備されていました。

写真(2)子牛のモデル

これは、繋いでおくための紐の縛り方の練習用の子牛の模型です。

犬のモデル

写真(3)正常の腹腔内の臓器がエコーではどのように見えるかを学ぶためのエコーモデル
写真(4)心音を聴診するためのモデル
写真(5)吸入麻酔ガスを正確に気管に入れる練習を
するための気管挿管モデル

上記で紹介したほかに、採血用のモデルなどがありました。そのほとんどはカナダやアメリカから購入したものでした。

写真(6)馬のモデル

HOPEと名付けられたこの馬のモデルは、クラウド・ファンディングで最近海外から約400万円で購入したものです。
このモデルはとても精巧で実際の馬の大きさを再現しており、盲腸、結腸、脾臓などの臓器が入っていて、それらの体内臓器は取り出すことも可能です。また、筋肉注射、採血の練習のほか、子宮、卵巣などを触って生殖器の状態を学ぶこともできます。
特に馬の胃や腸などの消化管は腹痛を伴う疝痛という病気をおこしやすい構造をしています。疝痛は放置しておくと馬の生命も奪う怖い病気なので、適切な診断を習得することは非常に大切だとのことです。この新しいモデルで実際の馬の正確な診断と処置ができるようになることを目標にしています。

参考URL: http://vetsimulators.com/products/equine-colic-simulator/

このような動物モデルや模型の種類が増えることで、採血、レントゲン、内視鏡などの実習を1年中できるようになりました。これによって、教育環境が充実し、学生の技術のレベルが上がり、将来獣医師となる学生の経験や技術不足の解消につなげることができます。また、こういったモデルを用いて卒業生がトレーニングを行なったり、獣医師が一生涯研修ができるようになりました。

3)クリニカル・スキルスラボを設立
クラウド・ファンディングで購入したさまざまな動物モデルを配置し、学生が実習で使用するだけでなく、24時間学生に開放して、模型などを自由に使用できるクリニカル・スキルスラボを立ち上げました。

4)ゼロ・プロジェクト・ワーキンググループの立ち上げ
山口大学は、生体への侵襲性の高い実習をゼロにすることを目標に、動物福祉や動物倫理に立脚した実習の実施を目指して取り組むゼロ・プロジェクト・ワーキンググループを立ち上げました。また、「引き続きクリニカル・スキルスラボの整備充実に努め、ビデオなどで見るだけの教育ではなく、動物モデルや模型を使用し、経験や実技の習得を十分積むことができる将来の獣医師の教育に努めていきます」とのことです。
現在、一学年の学生は30名ですが、代替法の採用により生体を用いた採血の練習はなくなったそうです。


その他、次のような情報も教えていただきました。

JAVA(以下、J):動物モデルなどの採用で、どれくらい使用する動物の数は減りましたか?

山口大学(以下、Y):動物の種類にもよりますが全体的に3分の1程度減りました。現在さらに減らす努力をしています(マウスなど)。

J:見せていただいたモデル以外に、今後、どのような動物種のモデルの導入を考えていますか?

Y:200~300匹ぐらいのマウスを用いて実習をするので、マウスのモデルの導入も試みているところです(実際8万円で購入したマウスのモデル「Mimicky mouse」(三協ラボサービス株式会社製)を見せてくださいました)。
このマウスで動物の取扱と注射方法を学びます。

写真(7)マウスのモデル「Mimicky mouse」
山口大学共同獣医学部 木村教授ご提供

J:動物モデルの導入を増やすためにどのような努力をされていますか?

Y:モデルの種類と数を増やすために企業にモデル作成を働きかけたり、逆に企業からモデル作成の申し出もあります。しかし、値段の折り合いがつかず実現させるのは難しいのですが努力はしています。今後は既製品を買うだけでなく、自分たちの経験を元に企業と連携して自分たちでモデルやシミュレーターを制作することを目指しています。

J:海外では教官などの指導の下、学生が患者として来院した動物に対して実際の手当ができます。日本ではそれは法律上難しいと聞いていますが、どのように技術の向上を図っていますか?

Y:動物の飼い主の了解を得たうえで、学生に動物を扱う機会を与えて、技術の向上を図っています。それにはまず、学生に試験をして、その学生のレベルに合わせた治療や処置をさせています。

J :EMP (動物献体プログラム:Educational Memorial Program)についてはどうお考えですか?

Y:献体は必要です。しかし手に入れることはなかなか難しく、どこまで広げたらよいか、大学の考えが定まってからでないと実施できません。献体に関しては難しい問題があるようです。例えば外国人と日本人の死に対する考えが異なること、また、献体を受け取りに行くことが結構手間がかかるなどといったことがあります。しかしEMPについては前向きに検討しています。

J:生体を使わずモデルを使うこの取り組み案はどのようにして生まれたのでしょうか?

Y:学生の要望や世界の流れの中で、動物に苦痛を与えない実習への切り替えの必要性を感じたため、共同獣医学部として取り組みを決めました。

J:動物モデルを使用した学生の皆さんの反応はどうでしたか?

Y:学生自身が学生の理解のスピードに合わせて学べること、また話し合いをしながら、教科書を見ながら、時間や動物に対するストレスを気にせず学べることで、理解度が深まっていると感じます。何度も繰り返すことにより反復学習が可能なため、学ぶ機会が増えたようにも思います。そして、生きている動物を実際に触れるときは以前にも増して、緊張感を抱くようになっていると感じます。

J:教授側にはどのような利点がありますか?

Y:モデルを使用することにより繰り返し伝えることができ、より学生の理解に合わせて説明を行うことが可能になったと考えます。学生にとって何が難しいのか、何が理解できていないのか分かりやすくなり指導に反映できるようになりました。動物モデルを使用しながら十分に学生と対話することが可能になりましたし、動物へのストレスを考慮する必要がないため、すべての学生に平等の機会を与えられるようになりました。


この度の訪問で教授方のご説明を受け、山口大学の動物福祉の観点から動物モデルなどを使用し、生体実習を減らしていく教育信念が伝わってきました。
今後ますます山口大学のような獣医学部が増え、動物の犠牲がなくなるようJAVAとしてもこれからも取り組んでいきたいと思います。

山口大学共同獣医学部の活動については、引き続きウェブサイトやSNSで発信していくとのことです。

写真(8)産業動物診療室
牛、馬といった産業動物の診療を行う部屋
写真(9)一般身体検査や動物の保定の練習に使用

*写真(7)以外はすべて、JAVAの理事 秋吉桂子が撮影しました。

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